2005年12月21日

ミニ小説

「拝啓、ノストラダムス様」

ベランダに出てみると、熱気の籠もった教室と違って空気がとても静かで、ひんやりしていた。
「ひゃあ、もう真っ暗」と手摺から身を乗り出して、タエがいった。「すっかり秋だね、そんな匂いがする」
私は「そうだねぇ」と手摺に背をもたせて相槌をうつ。
外とは対照的に明かるい教室では、クラス総出で高校最後の文化祭の準備に大忙し。そんな中、ちょっと息抜きで私とタエはベランダに出た。冷えた風が、火照った体を優しく撫でてくれる。自然と微笑みが浮かぶ。なんだか楽し過ぎて、少しだけ不安になる。胸にぽっかり穴が空いたような気がする。
「ねえ、ノストラダムスって知ってる?」私は唐突にいってみた。
「何それ」と不思議そうにタエ。
「1999年七の月、空から恐怖の大王が降ってくる!」
私は両手を頭上に広げ、大袈裟にいってみた。
「知らなぁい。アニメか何か?」
「昔流行ったじゃない。テレビとかで盛り上がってさ、1999年に世界が滅亡するとか」
「覚えてない。99年っていったら、私ら小六ぐらい?」
「結構好きでさあ。よく観てたんだ、テレビ。かなり本気にしてて、だから私の中では世界は99年で終わる予定だったのに、こうして何事もなく続いてる」
「やだよ、そんなの」タエは心底つまんないといった感じ。「そこで終わってたら、私とユウコもこうして一緒にいないし、皆で楽しく文化祭の準備も出来ないし、ダメじゃん、面白くないよ」
「だよね」
タエの言葉を聞いてなんだかほっとした。
「あっ、買い出し隊が戻ってきた」タエは勢いよく手摺から離れた。「ユウコもおいでよ、体冷えちゃうよ」と笑顔で教室に入っていった。
私は独り、手摺に寄り掛かり、騷がしい明かるい教室を眺めた。
拝啓ノストラダムス様。1999年はとっくに過ぎ去り、自爆テロ、大地震、大津波、戦争、差別、貧困、憎しみの連鎖、世界は益々混迷を極め、本当はあの時終わっていれば、と思ったりもします。そして実際、あの時私は終わってしまえと思っていました。だけどそしたら、タエやクラスや部活の皆やいろんな人達に出会うこともなく、こんなに楽しい時間があることも知らずに終わっていたでしょう。でも私はもう終われない。蜜の味を知ったから。今なら、本気でいえます。皆に会えて良かった、皆大好きです!って。
そして私は、生暖かく、人やペンキや木材や接着剤の匂いが立ち込める、賑やかな教室に戻っていく。

投稿者 hiroshi : 19:09 | コメント (2) | トラックバック